東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1515号 判決 1961年4月07日
控訴人(被告) 浅草税務署長
被控訴人(原告) 吉川儀助
訴訟代理人 朝山崇 外四名
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴人の控訴を棄却するとの判決を求めた。
当事者双方の主張及び立証は
控訴代理人において、別紙(一)(控訴代理人提出の昭和三三年五月一九日付準備書面の写)、(二)(同昭和三五年九月七日付準備書面の写)各記載のとおりに述べ、(証拠省略)
被控訴代理人において、別紙(三)(被控訴代理人提出の昭和三四年七月二八日付準備書面の写)記載のとおりに述べ(証拠省略)……たほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
理由
被控訴人が控訴人に対し昭和二七年度分所得税の総所得金額を一四万円として確定申告をしたのに対し、控訴人が昭和二八年五月一八日付で右金額を二二六、八〇〇円と更正する旨の処分をし、これに対する被控訴人の再調査の請求に対し、同年七月一四日付で右更正金額を二〇四、八〇〇円とする旨の決定をしたこと及び被控訴人がさらに東京国税局長に対し審査の請求をしたのに、昭和二九年四月一七日、同月一五日付で右請求を棄却した旨の通知がなされたことは当事者間に争がない。
よつて進んで右所得金額について検討する。
被控訴人が昭和二七年中菓子小売業を営んでいたことは当事者間に争がないから、右金額の確定については、その営業上の売上高と仕入高を含む必要経費を明らかにすることが必要である。そして、元来商人は商業帳簿を備えこれに日日の取引その他財産に影響を及ぼすべき一切の事項を整然且つ明瞭に記載すべきものであるから、右売上高及び仕入高は若し被控訴人において商業帳簿を備えこれに正確な記帳をしていたとすればその記載によつて確定されうべきであるが、本件は被控訴人においてその商業帳簿に正確な記載をせず、たゞ僅に六月ないし一一月分の売上及び仕入高について順次に前者は七五、一六四円、七三、一九二円、七二、一二八円、七五、九七三円、八二、八六円、八〇、二四六円、後者は五七、二四四円、六一、四三五円、六一、三七八円、五〇、一七七円、五〇、六三三円、四二、六七九円と記載していたに過ぎなかつた(このことは被控訴人の明らかに争わないところであるから、その自白があつたものとみなされる。)場合であるから、六月ないし一一月分の売上及び仕入高は右記帳のとおりとしても(反証のない限り右記帳のとおりと推定するのが相当である)、一月ないし五月及び一二月分のそれは合理的方法によつてこれを推定するほかはない。
控訴人は、この合理的推定方法について、本件のようにある月の売上及び仕入高が判明している場合には、年間のそれはこれに東京国税局作成の昭和二七年分商工庶業所得業種目別効率表(乙第一五号証参照)を適用して推定するのが合理的であると主張し、被控訴人は、右効率表はその作成資料が適切でないので、本件にこれを適用するのは合理的ではないと主張するから、同効率表の合理性いかんについて考えてみるのに、当審証人石川栄夫の証言と同証言によつて真正に成立したことが認められる乙第一五号証を綜合すると、同効率表は昭和二六年分青色申告申請者のうちその所得金額の計算に当り本人の記帳額を当局において適正と認めて青色申告を是認した者の同年中における売上金額及び昭和二七年上半期における売上金額を基として各月別の売上金額の指数を調査して七五種目の商工庶業について作成されたものであり、月別指数は昭和二七年一月を一〇〇として計上し、一月から六月までは実績により、七月から一二月までは昭和二六年度分の各月の指数を基礎として計算し、指数累計は一月を一〇〇とし二月以降の各月の累計により計算し、月別倍率は月別指数の年間合計を各その月の指数で除して計算し、百分比で作成したものであること及び同効率表中菓子小売商に関する表の作成について調査の対象となつた業者は概ね東京国税局管下の各税務署が中庸の業態に属する者として抽出した三名ないし十名であつてその総数は四、五百名(東京都における業者は当時約一万名、そのうち青色者約二千名)であつたこと、すなわち、同効率表は恣意的に作成されたものではなく統計の原理に基いて作成されたものであることが認められるから、特段の事情のない限り営業上の売上及び仕入高を推定する方法として合理性を有するものというべきである。被控訴人の所論は独自の見解によるものであつて当裁判所の採らないところである。
しかして、先に認定した被控訴人の営業上の六月ないし一一月分の売上及び仕入高に前記効率表を適用してその年間の売上及び仕入高を推定するとき、控訴人主張のように前者が九九三、六四二円、後者が七〇六、二〇四円となることは算数上明白であるが、一方、被控訴人の店舖に一月一日当時二万円相当、一二月三一日当時二五、〇〇〇円相当の商品がそれぞれ存在していた(期首在庫及び期末在庫の商品)ことは被控訴人において明らかに争わないからその自白があつたものとみなされ、さらに、成立に争のない乙第一六号証には、被控訴人は営業の必要経費として前認定の仕入金のほかに控訴人が挙示しているように合計三四、二八〇円の費用を要したことが記載されているから、これをそのまゝ必要経費として認めるべきものとしよう。この場合に被控訴人の菓子小売業によつて生じた総所得金額が結局控訴人の指摘するような計算関係により二五八、一五八円と推定されるべきことは理の当然といわなければならない。
被控訴人はその主張の再調査の請求に当り控訴人に対し昭和二七年一月から一二月分までの売上及び仕入高について順次に前者は四七、三〇〇円、四九、二〇〇円、五二、八〇〇円、五三、三五〇円、六三、八五〇円、六九、五〇〇円、七五、八〇〇円、七七、五〇〇円、七六、七四〇円、六二、四六〇円、六三、六〇〇円、六四、五〇〇円、後者は三四、二〇〇円、三九、五〇〇円、三八、八〇〇円、四三、二〇〇円、四六、五〇〇円、五六、五八一円、五九、二一七円、六一、三七八円、五九、八七〇円、四九、六二三円、四六、六七一円、四六、八〇七円であつたという計算書を提出している(このことは前示乙第一六号証によつて明瞭である)が、一体これらの金額はいかなる資料に基いて算定されたものであるか(六月ないし一一月分のこれらの金額が先に認定した被控訴人の記帳額と相当大巾に相違していることを注意すべきである)。この点に関する被控訴人の主張は、昭和二七年中被控訴人自身は高血圧症で臥し勝ち、母は脳出血、娘は肺結核でともに寝たきりであつて、被控訴人の営業は妻によつて辛うじて維持されていた状態であつたが、その上に昭和二五年頃以来隣家で菓子店営業を始めており、被控訴人の営業は不振を極めていたので、被控訴人には前段認定のような所得はなかつたというだけであつて、右計算書記載の金額算定の具体的資料については遂に被控訴人の黙して語らないところである。そこで、被控訴人の右主張に即して検討してみるのに、(一)証人吉川チサコは原審及び当審におけるその各尋問で、被控訴人はかねてから高血圧症で悩まされていたと供述しているけれどもその供述は当審証人多賀谷恒八の証言によつて真正に成立したことが認められる乙第二号証、第六ないし第九号証と対照してたやすく信用し難く、他に被控訴人が昭和二七年中高血圧症で臥し勝ちであつたことを認めるに足りる証拠はない。(二)被控訴人の母が昭和二七年当時脳出血で病床にあつたことは成立に争のない甲第二号証によつて明瞭であるけれども、これが被控訴人の業績に特に問題とする程の影響を及ぼしたことを徴すべき証拠はない。(三)前示吉川の各証言中には被控訴人の娘の悦子は昭和二六年中に肺結核となり寝込んだ旨の供述があるけれども、その供述は前示多賀谷の証言によつて真正に成立したことが認められる乙第二、三号証及び成立に争のない同第一八、九号証と対照してにわかに信用し難く、そして、これらの乙号証によると、右悦子は肺結核にはなつたがその発病は昭和二八年中のことである事実が認められるから、同人の肺結核は本件には何らの関係もないものというべきである。(四)成立に争のない乙第二一号証によると、被控訴人の隣家の田中三郎は従前青物商だけを営んでいたが、昭和二七年秋頃から菓子商を兼業するに至つたことが認められる(前示吉川の各証言中には田中が菓子商を兼業するに至つたのは昭和二五年頃である旨の供述があるが、その供述は信用しない。)がこのことが昭和二七年中に被控訴人の菓子商の業績に著しい影響を与えた旨の前示吉川の各証言はたやすく信用し難く、他に右田中の菓子商の兼業が昭和二七年中に既に被控訴人の業績の推定に前記効率表の適用を妨げる程の悪影響を与えたことを認めるに足りる証拠はない。これを要するに、被控訴人がその業績が特に悪かつた原因として主張するところは一つもこれを首肯できないから、被控訴人の主張及び立証によつてはいまだ前段の認定を動かす訳にはゆかない。
控訴人は原審において被控訴人の昭和二七年度分所得税の総所得金額をいわゆる資産増減法によつて推定しているが、控訴人主張の右金額の算定については昭和二七年中東京都居住者の一人当り年間生計費を基準として算定された推定所得がいわゆる増加資産の八二パーセント弱を占めているのである。しかしながら、人の生計費は実際上は千差万別であつて、家庭が困窮しているような場合の実際の生計費は平均生計費よりも遥に少額であると考えられるから、資産増減法による所得額の推定は他に合理的な推定方法がある場合にはこれを避けるのが賢明である。本件において当裁判所が資産増減法によつて被控訴人の所得額の推定をしなかつたゆえんはここにあるのである。
そうすると、控訴人が被控訴人の昭和二七年度分所得税の総所得金額を先に認定した二五八、一五八円(控訴人は、被控訴人にはこの所得のほかに帽子の袋の卸売業による事業所得もあつたと主張し、被控訴人にこの種の事業所得があつたことは前示乙第六ないし第九号証によつて明瞭であるが、この所得額の確定は本件の結論に影響がないのでこれを省略する。)の範囲内で二〇四、八〇〇円と認定したのはもとよりこれを違法とすべき限りではないから、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべく、これと所見を異にする原判決は不当であつて本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 牛山要 田中盈 土井王明)
別紙(一) 控訴代理人提出の昭和三三年五月一九日附準備書面の写
一、課税標準の収支計算による算定基礎について。
(一) 売上及仕入金額の推計について。
被控訴人は、仕入及び売上帳簿を備付けていたが、両帳簿とも年間事業中、六月から十一月までの六ケ月分についてのみ、その取引金額が記帳されているに過ぎなかつた。しかしその金額はいづれも妥当な数字と認定されたので、この金額をもつて他の六ケ月分の取引金額を推計する方法により年間仕入金額及び売上金額を算出した。
被控訴人の店舗が電車の交叉点に位置する等立地条件が同規模の同業者より有利な状況にあること、また、後述する如く本人の健康状態は営業に何等の支障もなかつたこと等から、少くとも他の中庸規模の事業を営む同業者と同程度の営業実情にあるものと認定した。そこで東京国税局管内の菓子販売業者の中、昭和二六年及び昭和二七年分青色申告をなし、その記帳を適正且営業規模の中庸と認められた申告者の、昭和二六年中における売上金額及び同二七年上半期における売上金額を基として算出した各月の売上金額の月別指数および月別倍率を適用して年間売上金額を推計した(月別指数とは、各月の売上金額の一月の売上金額に対する割合を示す数字で、本件の場合昭和二七年一月を一〇〇として計算した。月別倍率とは、前記月別指数の年間合計を各その月の指数で除して計算した数字である。(吉乙第一五号証参照))。
仕入金額算出のためにも右の指数及び倍率を適用した。けだし商品回転が早く、保存期間の短い商品である菓子の販売業においては売上に応じた仕入がこれに伴うものと認められるからである。そこで年間における各月別の仕入割合も売上割合とほゞ同率とした。
よつて、年間売上金額及び仕入金額の算出方法を示せば次のとおりである。
(1) 売上金額
六月から十一月までの各月の倍率を本人記帳の六月から十一月までの各月の売上金額に各乗じて年間売上額に換算した売上金の合計金五、九六一、八五五円を六等分した平均値九九三、六四三円をもつて被控訴人の係争年間売上金とした。
月
月別指数
(A) 月別倍率
(B) 本人記帳額
円
(C) 月別倍率により換算した年間売上
円
備考
一
一〇〇
一一、七六
―
―
二
八八
一三、三六
―
―
三
一〇〇
一一、七六
―
―
四
九九
一一、八七
―
―
五
一一四
一〇、三一
―
―
六
九一
一二、九二
七五、一六四
九七一、一一八
七
九〇
一三、〇六
七三、一九二
九五五、八八七
八
八〇
一四、七〇
七二、一二八
一、〇六〇、二八一
九
八九
一三、二一
七五、九七三
一、〇〇三、六〇三
一〇
九四
一二、五一
八二、八八六
一、〇三六、九〇三
一一
一〇一
一一、六四
八〇、二四六
九三四、〇六三
一二
一三〇
九、〇四
―
―
計
一、一七六
―
四五九、五八九
五、九六一、八五五
平均
―
―
―
九九三、六四二
(2) 仕入金額
売上金額算出の場合と同様の方法により、次表のとおり年間仕入金額七〇六、二〇四円を算出した。
月
月別指数
月別倍率
本人記帳額
月別倍率により換算した年間仕入
備考
一
一〇〇
一一、七六
―
―
二
八八
一三、三六
―
―
三
一〇〇
一一、七六
―
―
四
九九
一一、八七
―
―
五
一一四
一〇、三一
―
―
六
九一
一二、九二
五七、二四四
七三九、五九二
七
九〇
一三、〇六
六一、四三五
八〇二、三四一
八
八〇
一四、七〇
六一、三七八
九〇二、二五六
九
八九
一三、二一
五〇、一七七
六六二、八三八
一〇
九四
一二、五一
五〇、六三三
六三三、四一八
一一
一〇一
一一、六四
四二、六七九
四九六、七八三
一二
一三〇
九、〇四
―
―
計
一、一七六
―
三二三、五四六
四、二三七、二二八
平均
―
―
―
七〇六、二〇四
(二) 以上の方法によつて推計した売上及び仕入金額を基礎に被控訴人の所得金額を収支計算によつて算定すれば次のとおりである。
(1) 収入金額 二九二、四三八円
(a) 売上金額 九九三、六四二円(前述推計額)
(b) 期首在庫 二〇、〇〇〇(調査額)
(c) 仕入金額 七〇六、二〇四(前述推計額)
(d) 期末在庫 二五、〇〇〇(調査額)
(e) 販売商品原価 七〇一、二〇四(b+c-d)
(f) 差益金額 二九二、四三八(a-e)
(2) 必要経費 三四、二八〇円(本人申立による)
電気及び水道料 七、二〇〇円
消耗品費 六、〇〇〇
修理費 三、〇〇〇
公租公課 一四、〇六〇
組合費 一、八〇〇
火災保険 二、二二〇
(3) よつて収入金額二九二、四三八円より必要経費三四、二八〇円を控除した金二五八、一五八円が菓子販売による所得金額である。従つて、この所得金額の範囲内で被控訴人の所得金額を二〇四、三〇〇円とした控訴人の処分は適法というべきである。
なお後述する如く、被控訴人には、菓子販売収入の外に帽子袋の売上金額が八二、五一二円にも達していることを附言する。
二、親族の生活及び健康状態について
被控訴人は昭和二七年の生活実情につき当人は昭和二一年以来の高血圧のため仕事は殆ど不可能であり、娘悦子は昭和二六年肺結核発病以来病床に臥し、その上母なみが昭和二五年脳溢血で倒れて以後看護を受ける身となり、本人の妻ちさ子一人が病人の世話や店舗、家事のきりもりをすることとなつたので、昭和二七年の営業成績はとみに不振となり、問屋に対する買掛金の支払も滞るようになつた為め、充分な看病が出来ず、二人の重病人を抱えながら、一五、〇〇〇円にも充たない僅かな医療費を支出したに過ぎなかつた旨を主張しているがこれ等は母なみの部分を除き事実に全く反している。
被控訴人本人は、高血圧のため、宮川医師のもとで昭和二一年より治療した事実がない。診断書(甲一号証)の記載は妻ちさ子の申立によつたもので内容は真実に反する。同医師が被控訴人及びその家族を知るようになつたのは昭和二六年一月からであり、しかも被控訴人の血圧を計つた程度である(乙二号証)。この程度の検査は五五歳前後の年令(被控訴人は明治卅年生)の通常人の健康保持のために執られる措置であつて、これを目して安静加療を要する病人ということができず、菓子販売業務には支障がないものと認めるのが妥当である(上池証人の証言)。のみならず、被控訴人本人は昭和二七年中菓子販売業のほか、帽子を入れる袋の卸業をも営みその外交配達等をしていたのである。(吉乙六―九号証)
娘悦子の肺結核は昭和二八年八月の発病であつて診断書(甲三号証)に昭和二六年一二月以来とあるのは、本人の申立に従つたに過ぎず、真実に反する(吉乙第二号証)。
同人の結核の治療に当つては、母ちさ子が助産婦であるところから、国民健康保険の被保険者で、その費用は半額負担であつた(吉乙第三号証、昭和二八年より同三〇年までの治療期間中、レントゲン撮影、血沈、バスの服用代金八六九円支払われている)。
かように、被控訴人が仮に高血圧であつたとしても上述のとおり安静加療を要する程の病状になく、営業上においても袋の卸業をも併せ営む程度の健康状態にあつたことが充分窺い知ることができる。また、娘がかりに本人のいうとおり、昭和二七年以前より肺結核であつたとしても、健康保険を充分利用できる立場にありながら、診断回数も少く、また服薬も少ないことは、病状が軽く、かつ、妻ちさ子が助産婦の資格を持つことから、看病に不足しなかつたと思われる。また、かゝる初期の肺結核では安静と食飼療養が通常であり、医療費の少額は必ずしも家計の貧困を表明することにならない。
以上の通り、被控訴人の家庭において、昭和二七年当時看病の必要があつたのは母ナミだけであつて、これとて老衰によるものであるから、通常の家庭より低い生活状態にあつたとはいえないのである。
三、資産状態について
被控訴人は、その昭和二七年における生活事情が貧困の極にあり住宅事情においては病人をして板敷の部屋に臥床させなければならない程の窮状にあつたと主張するが、被控訴人は店舗、住宅兼用の台東区浅草蔵前三丁目一〇番地(七坪)の住宅の外に同三丁目六番地に昭和二四年の建築にかゝる五坪五合の家屋を所有し、且同家屋には昭和二六年六月以来電話が設置されているのである(吉乙四、五号証)。また、昭和二七年中、若干の預金も増加し、電気、ガス、水道料金も消費実態調査年報(吉乙第一号証)記載の支出額を上回る金額を支払つているのであるから被控訴人の生活は、右の平均年間生計と同等以上に達していたことが容易に推定できるわけである(吉乙一〇、一一、一二、一三号証)。
備考<省略>
別紙(二) 控訴代理人提出の昭和三五年九月七日附準備書面の写
第一、控訴人は本件推計方法について、つぎのとおり補足説明する。
標本の各構成単位が母集団の性質をよく代表していると考えられる少数単位を抽出し、その調査結果をもつて母集団全体のそれに替える方法を典型調査という。菓子小売業者は他の業種に比し、経営構造が斉一的で、その規模の大小に拘らず、ほぼ同質であるところから、典型調査の対象とするに適している。
そこで、控訴人は、この調査方法により、記帳の正確なもの(青色申告書)並びに立地条件、経営形態及び規模の中庸なもの(これによつて特殊・例外的なものを除外する)約四〇〇件(東京国税局管下菓子小売業者の青色申告者約二〇〇〇名中)を抽出して調査対象とした。従つて、統計上も殆ど誤差は考えられず、無作為抽出によるよりもはるかに全数調査に近い結果をえることができるのである(この抽出方法はいわゆる有意抽出法であり、控訴人がさきに無作為と述べたのは恣意的でないとの意である)。
被控訴人は、青色申告者は他の業者(白色申告者)に比し、企業成績よく、安定しているのであるから、これの調査結果をもつて白色申告者の売上推計の資料とすべきではないと主張する。
しかし、月別指数の波自体は事業規模の大小によつて異るものではないのであり(右指数が妥当であることは、総理府統計局作成の昭和二七年一般家庭菓子消費指数(別紙一)に照しても明らかである。)、本件は青色申告者の平均売上金額をもつて、被控訴人の売上金額を推計するのではなく、単に売上の月別指数を利用するに過ぎないのであるから、被控訴人の主張は当らない。
第二、被控訴人は本件月別指数及び倍率を適用することによつて生ずる誤差を強調して控訴人の推計方法を非難する。しかし、右指数及び倍率は平均値である性質上、個々の場合との或程度の不一致の生ずることは当然である。被控訴人の昭和二七年六月ないし一一月の月別売上記帳額の波は別紙二の一、二(グラフ)表示のとおりであつて、この程度のグラフが画かれる場合は統計上おおむね乙第一五号証の月別指数の波に一致するものといえるのである。
なお、被控訴人は本件計算方法が機械的な算術平均であると非難するが、年間推定売上及び仕入の額をいづれも複数の推計値から求めるに当つて算術平均を用いるのは推計方法として当然であり、また、該方法は月別指数の波と被控訴人の記帳額の波との符合を前提とし、推計値を確定するためのものであつて、両者の波が符合するか否かを決する方法ではないから、被控訴人の非難は当らない。
第三、被控訴人は各一ケ月を基礎とする年間推定売上と年間推定仕入との差額は最高四三万円、最低一五万円となつて、その間に大きなひらきがあると主張する。しかし、基礎とした月によつて年間推定売上と年間推定仕入との差額にこのようなひらきが生ずるのは、月別指数の波と記帳月別売上額及び同仕入額の各波との不一致に加え、各月の月間在庫の変動が各月の仕入に影響を及ぼし、これらがさらに月別倍率によつて拡大されるためであり、各月を基礎とする年間推定額から、既に述べたとおり、平均値を求めることによつて右の影響を消すことができるのである。各年間推定値の段階で被控訴人の如き比較方法をとることは正当でない。しかしまた、各月を基礎とする年間推定売上と同仕入との差額につき、右在庫増減による調整を行い、これを年間推定売上と年間推定売上原価との差益に修正すれば、その最大値は八月の三一一、七二八円、最小値は一一月の二七四、六一六円であつて、そのひらきは僅かである(右数値算出の過程は別紙三のとおりである)。それゆえ、各月を基礎とする年間推定売上額と同仕入額とをそのまま比較することの無意味であることは明らかである。
第四、つぎに、被控訴人は年間推定売上額の最高と年間推定仕入額の最低との差額および右売上額の最低と右仕入額の最高との差額を比較してそのひらきを強調する。
しかし、この比較方法についても、右に述べたと同様、在庫増減による調整の考慮が欠けているばかりでなく、被控訴人がここで比較の対象にする年間推定売上額および同仕入額の各最低値はいづれも一一月の記帳額を基礎とするものであり、同月は被控訴人方店舗の近傍に同業者が出来た影響で売上、仕入ともそれまでの水準を下廻つているのであるから、これに基く年間推定額がそれ以前の月の記帳額を基礎とする年間推定額に比し、ひらきの生ずることは当然であつて、被控訴人の比較方法は誤つている。従つてまた、これをもつて本件指数の適用を妨げる理由とはなしえない。
第五、右指数を適用した既述の各推計方法が合理的であることもとよりであるが、さらに、次のような推計方法によつても右指数適用に関する非難の失当であることは明らかである(なお、本件に適用した月別指数のうち昭和二七年七月以降の分は、前年下半期に比べて物価の変動も認められなかつたので、右期の指数から推定したわけである。)
すなわち、年間売上額の推計を行うに当つて、一一月及び一二月は近傍同業者との競争の影響を考慮し、まずそれ以前一〇ケ月間の売上を推計する。その間の記帳期間たる六月ないし一〇月の記帳売上額合計三七九、三四三円に対応する同期間の月別指数の合計は四四四であるから、これに基いて一月ないし一〇月の同指数合計九四五に対応する売上額合計を求めると八〇七、三八〇円となる。算式つぎのとおり。
444:945=379,343:X
X=379,343円×945/444=807,380円………………………(イ)
つぎに、右競業期間について、一一月の記帳額八〇、二四六円(ロ)は右指数一〇一に相当するから、一二月の指数一三〇に対応する同月の売上額を推計すれば一〇三、二八六円となる。算式つぎのとおり。
101:80,246=130:Y
Y=80,246円×130/101=103,286円………………………(ハ)
そこで、右(イ、ロ、ハ)を合計して、年間推定売上額九九〇、九一二円をえる。
同様の方法で年間仕入額の推計を行うと六九五、四〇二円をえる。算式つぎのとおり。
6月~10月の仕入合計額………280,867円×745/444=597,790円
1月~10月の仕入合計額。
11月の仕入記帳額………42,679円×130/101=54,933円
597,790円+42,679円+54,933円=695,402円
よつて、右年間推定売上額から年間推定仕入額を差引いて、年間推定差益は二九五、五一〇円となる。右差益額は既述のそれと近似するものである。(別紙一・二の一、二・三省略)
別紙(三) 被控訴代理人提出の昭和三四年七月二八日附準備書面の写
一、乙第十五号証「効率表」について、
(一) 「効率表」(乙十五号証)は昭和二七年九月一日に作成したものであつて、昭和二六年中の売上金額と、同二七年上半期の売上金額の実態調査に基くという。昭和二七年度の所得調査に当り、関係職員が所得実況調査をするのが、大体昭和二七年秋頃に始まるのであるが、その際に主に未経過の月の所得推計に当つて使用する資料が乙第十五号証である。本件の場合には、すでに既経過の年度の所得実額が問題なのであるから、もし「効率表」を用いるとするならば、右のような昭和二七年九月一日現在の「暫定額」表を用いるのは全く適切でない。
(二) また右効率表につき、昭和三三年五月一九日附控訴人の準備書面は、「東京国税局管内の菓子販売業者の中、昭和二六年及び昭和二七年分青色申告をなし、その記帳を適正且営業規模の中傭と認められた申告者の昭和二六年中における売上金額及び同二七年上半期における売上金額を基として算出した各月の売上金額の月別指数、および、月別倍率を適用して年額売上金額を推計した」とのべ、更に昭和三四年四月二十日付同準備書面は、「この表は東京国税局管下の各税務署管内の昭和二六年度の青色申告者のうち中庸の営業規模を有しかつ正確に記帳経理をしていると認められるものにつきこの表所定の営業を営む者を各税務署において三名ないし十名あて無作為抽出し……」とのべている。右の記載は「中庸の営業規模を有しかつ正確に記帳経理をしていると認められるもの」の選択においてまず「有意抽出」が行はれており乍ら、他方において「無作為抽出」が行はれたとなす点において重大な矛盾がある。
もし真に「無作為抽出」をしたのであるとするならば、その中から抽出すべき母集団は、いかにして設定され、かつその母集団の等確率が如何にして保障されているのであるか、その辺は全く不明であつて到底信用するを得ないのである。
(三) 即ち「中庸規模」、或は「正確に記帳経理していると認められる」とする点において右母集団の設定は全く恣意的であつて、右は効率表自体が客観性に乏しいことを示して余りある。
現に効率表作成のための調査において、対象となつた菓子販売業者の昭和二六年度における所得はどれ位であつたのか、また何軒の菓子屋について実態調査をしたのであるかは全く不明であつて、かゝる効率表を措信するのは極めて危険である。
控訴人は「この表所定の営業を営む者を各税務署において三名ないし十名あて無作為抽出し」といつているが、右は「各税務署において各営業種目につき」三名ないし十名であるのか、たゞ「各税務署において、全営業種目につき」という趣旨であるのかは不明であつて、むしろ今日の税務署の調査能力の実情にてらして明らかに後者であると考えられるのである。
とするならば、全東京国税局管下において、調査対象になつた菓子屋はたかだか十軒か十数軒程度に止るものと推定されるものであつて、効率表は全く客観性をもちえないのである。
(四) 被控訴人は、控訴人につき乙十五号証を適用することの合理性を強調するために、本人記帳額の波を「乙十五号証の月別指数の波に照すとおゝむねこれに符合すると認められ」ることをその根拠とする。
しかし、右の波が符合するかどうかを決定する方法について控訴人の計算方法は全く機械的な算術平均であつてまちがつている。
即ち、昭和三三年五月十九日付準備書面記載の、売上金額並びに仕入金額の数字表をつきあわせるならば、推定売上高の最高は、一、〇六〇、二八一円、最低は九三四、〇六三円であり、同仕入最高は九〇二、二五六円、最低は四九六、七八三円となり、仮りに最高売上マイナス最低仕入、最低売上マイナス最高仕入を計算するならば、前者は五六三、四九八円、後者は三一、八〇七円となり、そのひらきは五六万円から三万円に至る大幅なものとなる。
また仮に各一ケ月のみを基礎とした年間推定売上マイナス年間推定仕入を計算すると概算として六月、二三一、〇〇〇、七月、一五三、〇〇〇、八月、一五八、〇〇〇、九月、三四〇、〇〇〇、十月、四〇三、〇〇〇、十一月、四三七、〇〇〇となり、最高は四三万、最低は一五万となつてその間に大きなひらきがあり、かつ全くばらばらであつて、しかも、六月において高く、また十月、十一月において再び高く、その分布は、復峯的となつている。
かゝる場合に、単純な算術平均をするということは、統計学的にみて全く無意義であり、所得推定として何らの価値がない。
二、かくて、乙十五号証を被控訴人に対して用いるについては何ら合理的根拠がないのである。
昭和二七年頃において青色申告をした業者は、大体において中以上の経営規模のものが圧倒的に多く、かつは企業として一応の安定をしたものが多かつた。また消却資産を多くもつている者がとくに青色申告に利益を感ずる傾向が顕著であつたのである。菓子屋についていえば、十二月に月別指数が一三〇となつてもつとも高く、これは贈答用の菓子の売行きを示すのであるが、このことは、有名メーカーの菓子をおいている店、即ち中以上の店を対象とする数字であることを示している。被控訴人のような子供相手の零細な駄菓子屋には全く適用されないのである。
三、内職の評価について、
店舗をもつ商人が、店舗の収益で食えるならば、何を好んで内職をやるだろうか。これは全く商人の初歩的な常識である。